五・一五

日本政治史の転換点となった、五・一五事件。
五・一五事件への序曲は一九三一年に相次いで橋本欣五郎ら陸軍若手将校による「三月事件」、『十月事件』などのクーデター未遂事件である。
翌年二月には井上準之助蔵相、三月には団啄磨三井合名会社理事長が血盟団による「一人一殺」のテロにあい殺された。
国内のテロの恐怖は一九三一年九月の満州事変、以後の中国侵攻に呼応していた。
こうしたクーデター未遂、テロひん発には、世界恐慌の嵐の影響で、農村は疲弊し、特に東北凶作で農民は極度に貧窮、都市の労働者も困窮化していた状況があった。
言うべき事を言うには時として命がけの面がある。
自由と引き換えにリスクもある事を痛感させられる。

最初の

昭和49年にオープンしたセブンイレブン1号店に最初に訪れた客は、若い男性だったと言う。
サングラスを買ったのだそうだ。
当日はあいにくの雨で、その後セブンが押しも押されぬコンビニの覇者となる姿など、想像できなかったのかもしれない。
当時の常識を覆す様な消費行動が、非常に多かったのが成功の直接の原因となっていった。
例えば夜8時以降は売上が伸びないだろうと思われていたところ、銭湯帰りの客が立ち寄るという需要。
家でつくるから売れない、とされたおにぎりが大変売れた等。
マーケティングというのは緻密であればある程、本来の需要を見失う可能性も高くなるという事を、これらの事例は示しているのではないか。

建築業界

建築業界のターニングポイントになった出来事として、いくつか考えてみる。
.耐震偽装事件
これがあってから、一般人の耐震への関心が大幅にアップしたと言えるだろう。
業界内では経済設計、耐震基準ぎりぎりの構造設計で利益を挙げるというのが当たり前にあったのだから。
.阪神淡路大震災
これの後に新幹線コンクリート剥離なども続き、業界内の技術に関する信頼性が失われた。
それと共に免震技術などの最新技術が広まった。
確認申請、検査業務が行政だけで対応出来ていないことがわかり民間に開放したが、更に問題を悪化させることにはならなかったか。
バブルがもたらした物も大きい。
大型物件の建設⇒建設労働者の不足という図式がまずあった。
銀行による経営介入もあり、様々な技術革新が起きた。
そしてバブル崩壊後。倒産、大型ゼネコンの合併へとつながっていった。
そしてバブル時に大量採用したつけが、大量退職につながる事になる。
建築というものは信頼が大事である事を、改めて感じさせる。

ケーブル火災

三茶で昔ケーブル火災があった事を初めて知った。
1984年11月16日午前11時50分ごろ、東京都世田谷区太子堂4丁目、世田谷電話局前の地下溝から出火した。
地下溝はNTT専用のケーブル埋設トンネルで、一般の電話回線のほか通信専用回線も入っていた様だ。
この地下ケーブル火災によって、世田谷区内で約9万のユーザーの電話が10日間止まった。
大和銀行のオンラインシステムは、本店、各支店を結んでいたので首都圏のオンラインシステムが止まった。
世田谷区池尻にコンピュ−タ事務センターがある三菱銀行は、全国230支店を結ぶオンラインシステムが止まった。
信号も止まって、交差点に警察官が立って、手信号が行われたそうだ。
出火の原因は、作業員のトーチランブの不始末であったとの事。
携帯電話が全く普及していなかった頃の話だから、10日間も電話が止まるなんて、生活上あり得ない話だっただろう。

大きな変化

日本国内観測史上最大となった東北地方太平洋沖地震および地震に伴う計画停電は、われわれの生活や経済活動にとどまらず、ITの分野でも大きな影響を与えることになった。
「災害対策」「在宅勤務」「クラウド」への対応が急務となってきたのだ。
どこでも出来ること、迅速にできることがこれまで以上に重要になってきた。
大きな変化である。

サバイバル

幕末明治初期は、サバイバルに向けて新しい習慣を得る必要性に駆られていた。
そこで学習の大切さが改めてクローズアップされたのだ。
福沢諭吉の学問のすすめは、こうした時期に登場した。
(1) 直面する問題への当事者意識を持つ
(2) 2つの疑う能力と判断力を磨く
(3) 「怨望」を避け逆の行動指針を持つ
本を読むだけが学習ではなく、学問の学問に陥らない様な柔軟性のある学びを提唱したのだ。
正に学問の転換期だったと言えるだろう。

力道

力道山の転機となったのは、木村との日本人どおしシングルマッチ、アングルを破ってシュートを仕掛け、KOした試合だろう。
そうなる前に、ディックハントンには相当苦戦したらしい。
グランドテクニックで翻弄され、カナディアンバックブリーカーで担ぎ上げられたときは思わず「参った」と言ってしまったそうだ。
鬼の柔道の木村が完膚なきまでにやられる、という印象を残す事により、力道山は無敵のイメージを持つ事になる。

三点方式

パチンコでは、客がパチンコホールに来ると、遊技場営業者であるパチンコホールは客の現金と「出玉」を交換する。
客はパチンコで増やした出玉をパチンコホールに持参し、パチンコホールは出玉を特殊景品と交換する。
客が特殊景品を景品交換所に持参すると、古物商である景品交換所は特殊景品を現金で買い取る。
景品問屋が景品交換所から特殊景品を買い取り、ホールに卸す。
という形になっている。
これは三点方式と呼ばれるものだが、違法か合法かというのはグレーゾーンなのだ。

視聴率調査

テレビ放送の初期には各テレビ局、広告会社によってさまざまな手法の視聴状況調査が行なわれていた様だが、次第に業界共通のデータに対するニーズが高まり、アメリカの視聴率調査会社ニールセンが1961年から機械による視聴率調査をスタートしたのに続き、「日本版の視聴率調査会社を」の要望に応え、1962年9月にテレビ局、広告会社が中心となり第三者機関としてビデオリサーチが設立された。
同年12月よりビデオリサーチの機械による視聴率調査がスタートし、現在に至っている。

リムサウルス

若いリムサウルスの骨の化石が2001年に発掘された。
中国の新疆ウイグル自治区で発見された恐竜の落とし穴は、最大級の竜脚類マメンチサウルスの足跡ともみられている。
リムサウルスのような体重18~23キロほどの小型獣脚類が踏み込めば、溜まった泥に簡単に飲み込まれてしまった筈だ。
研究に携わった地質学者によると、移動方法が生死を分けたという。
獣脚類は後脚だけで移動するため、泥沼から抜け出すのは非常に困難だった可能性が高い。
「四足歩行の動物なら穴から抜け出せたはずだ。
はい上がるのに4本の足を駆使できるから」とのコメントを出している。
生と死の分岐点は、歩行の形態にあった様だ。

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